2009年5月30日土曜日

神仏霊場巡り   水間寺 水間観音

Posted by Picasa水間観音」龍谷山水間寺 天台宗 本尊聖観世音菩薩 新西国四番札所
貝塚市水間六百三十八番地 「水間観音」の水間寺は南海貝塚駅より水間鉄道で終点水間駅下車五百メートル 高速阪和道貝塚インターすぐにある。
泉州は和泉葛城山を背になだらかな山間にあって、和泉随一を思わせる堂々たる伽藍の水間寺の創建は古く奈良時代は聖武天皇の勅願所として、行基の開山によって、身の丈一寸八分の聖観世音菩薩を、行基に御霊告によって、この地に求めて来て白髪の仙人に出会い「聖観世音菩薩」を祀りお堂を建立したのが始まりという。
その後、天正十三年に豊臣秀吉が根来攻めの折り際その臣堀秀政の軍勢によって火が放たれて、七重伽藍を始め坊舎などが火焔に包まれ灰塵と化したのである。その後、徳川時代岸和田城主の岡部美濃守は名刹水間寺を亡びることを惜しみ本堂と三重の塔などを再建されていった。。
水間寺は新西国四番札所として地元に及ばず遠方からの参拝の人の途切れは無い。境内には裏の川を隔て「行基堂」「薬師堂」「「弁財天堂」本堂の東に「愛染堂」、その前に近松門左衛門の「お夏清十郎笠物狂」などで有名な「お夏、清十郎の墓」がある。
また与謝野蕪村も「ここに今日、お馬水かえ、水間寺」と句を残している。

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