2009年8月31日月曜日

神仏霊場巡り   大原野神社

神仏霊場巡り  大原野神社

京都は西山連峰の南にあって式外社ではあるが格式は高く、二十二社の一社に数えられる。社殿に拠れば平安京に遷都される前に長岡京の遷都に当たり、氏神の春日社に詣でる事が容易でないので、この地に春日明神を勧進したのが始まりと言う。平安遷都後に右大臣藤原冬嗣が社殿を造営し、この地の地名を取り大原野神社としたという。その後は摂関家を始め「源氏物語」にも行幸の巻きの、その様子が描かれ長い参道になら猿沢の池を模して「鯉沢池」があって本殿両脇の奈良春日社に因み一対の神鹿が狛犬のように向かい合う、祭神は建御賀豆智命、伊波比主命、天之子八根命、比咩大神の四神が祭られ本殿は春日社と同じ桧皮造りで後水尾天皇によって造営されたと言う。

 

2009年8月30日日曜日

神仏霊場巡り     善峯寺


西国観音霊場二十番札所  善峯寺

京都は南西の西山連峰の釈迦岳の山麓にあって、向日町から竹藪の道で坂道を行くと荘厳な楼門は源より友の寄進と言われ、石段を上ると本堂の観音堂に本尊の千手観音菩薩は弘法大師作、脇時十一面観音菩薩は源算の作といわれている。経堂、右手の石段を登れば五葉松、桂昌院の手植えと言われる全長四十メーターはある「遊龍の松」は天然記念物である、境内には本堂より回遊式庭園に諸堂、高台の薬師堂辺りからは京都が眼下に眺望できる。開山は比叡山の源信の弟子で源算が堂塔を建立したのが始まりと言う。その後、朝廷の信任厚く祈願で生まれた伝承の、白河天皇の信仰深く歴代足利将軍の加護で堂塔五十を数え栄えたが、応仁の乱で焼失、徳川幕府の綱吉の母、桂昌院のこの辺りの出身でほとんどが七堂全て改築、改修し再建したと言う。