2011年10月4日火曜日

浪速今昔百景 茶臼山と河底池


浪速今昔百景(二十八)茶臼山と河底池(天王寺公園)


浪速今昔百景(二十八)茶臼山と河底池(天王寺公園内)
大阪は天王寺公園内には旧蔵屋敷とか、庭園、美術館に旧住友家の本邸の大庭園と文化遺産が、この都心の上町台地の中にも見逃す場所である。その一つに古墳と池が公園内にひっそりと、都会の雑踏の中にも静寂に浸ることが出来る。
茶臼山古墳は五世紀の前方後円墳で、周りの池(河底池)はその周濠といわれている。八世紀に和気の清麻呂が河内湖や大和川の流れる川の治水が悪いので上町台地を切り開き大阪湾に流し込む水路を画策が失敗した痕跡があるという。
その後慶長十九年の大坂冬の陣で茶臼山一帯が徳川家康の本陣となって、翌年の夏の陣では真田幸村の本陣となって茶臼山の戦い(天王寺口の戦い)の舞台となった。真田幸村はこの近くの一心寺の北側で討ち死にしたと思われる。
この茶臼山も河底池も住友家から大阪市に大正四年に寄付されている

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